映画「さよなら渓谷」の感想(ネタバレ)

2016.08.07 Sunday 邦画 サスペンス/ミステリー/スリラー

■映画「さよなら渓谷」の感想(ネタバレ)

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■監督:大森立嗣
■出演者:真木よう子 大西信満 鈴木杏 井浦新 新井浩文 大森南朋

WOWOWで放送していた映画「さよなら渓谷」を鑑賞。

【映画「さよなら渓谷」のあらすじ】

都会から離れ、緑に覆われた渓谷がある町で幼児が母親に殺害されるというショッキングな事件が起きる。母親の逮捕で事件は解決したかに見えたが、ある通報により、隣に住む尾崎が彼女と不倫関係にあったことが分かり、共犯の疑いが掛けられる。しかも通報したのは尾崎の妻のかなこだった。事件の取材に当たっていた週刊誌記者の渡辺は、夫婦が必要最小限の物しか持たず、隠れるようにして生活していることに引っ掛かりを感じる。 

WOWOWから引用

【映画「さよなら渓谷」の感想(ネタバレ)】


吉田修一の小説を「まほろ駅前多田便利軒」の大森立嗣(灰畏友:大森南朋の兄)が真木よう子を主演に迎えて映画化した人間ドラマ。

真木よう子が熱演(体当たり演技)しているということで見てみた。

内容は、あらすじ(隣人の殺人事件から考える)だとややこしいが、コンパクトにまとめると、学生時代(大学?)に集団レイプ事件を起こした男とその被害者の友人の女性の話です。

レイプした男は、その後反省し女性に命を捧げる覚悟で償うが、女性の方は、絶対に許さないという姿勢を崩さない。その一方で、お互いが過去の不幸を背負った運命共同体として結合し、なぜか傍から見たら夫婦のように暮らしていたということがわかる。

罪を許してほしい、絶対に許さないという二人の平行線だった感情も次第に、女性の方がその関係から抜け出そうとして置手紙を書いて失踪(男を許した?)、しかし、男は、罪の意識の他に、彼女に対する好意?もあるようで、失踪した彼女を探すと言い始める。

最後に、記者は、彼に、あの事件が起きた人生と、起きない人生どちらが良かったか?と尋ねるが、彼は、複雑な表情を浮かべ…。(最後は答えずに終了)end

犯罪の加害者と被害者だけしかわからない複雑な人間関係と感情を描いた話で、被害者から罪を許されたら(もう償わなくて良いと言われたら)、加害者にとっては、そこがある種の区切りではあるが、だからと言って、被害者に対する、加害者の罪の意識がすべて消えさるわけではない。

また前提として、加害者は被害者に対して、いつまでどれだけ償わなければならないのかも感情の話で不明確だ。※刑事事件としては、裁判で刑期等は、あきらかになるが。個人間の感情では賠償金をいくら払ったからそれで終わりと言うものでもない。

もちろん、被害者も加害者を許したからと言って、その事件に関する感情がきれいさっぱり無くなるわけでもない。どちらも区切りをつけようがつけまいが、気持ちは無くなることなく、死ぬまで果てしなく引きずって(続いて)しまう。

しかし、お互いどこかの時点でこの不幸な物理的な関係をきっぱりとやめたいと願っているのはたしかで、どちらも一緒にいても、何一つ得が無い。※彼らの言葉から

この映画を見ながら、どこか日韓の歴史問題と非常に似ているなと思ってしまった。例えば、この話は、個人間の話なので、彼らのどちらか、または、両方が亡くなった時点で、ほぼすべての問題は、一応の終わりを迎えるのだが、国同士の問題は、外交問題でもあるので、引きずっていこうと思えば、いくらでも引きずることが可能だ。外交政策として利用できる価値が十二分にある。

ただ、その場合の被害者という概念は、戦時中に当事者が直接的に受けたものとは、まるで異なったものになっている。

 

特に時間が経過すればするほどに、当時の被害者は死んでいなくなってしまうわけで(もちろん加害者も)、その後に残されたものが、その当事者が感じた被害者の意識だけを次の世代へ次の世代へと、同じように引き継いでいく、または加害者側も同じように次の世代が加害者意識を引き継いでいくという、負の連鎖行動に果たして、意味はあるのだろうかと思うばかりである。



評価 ★★★☆☆ (星3.2)

(まとめ:真木よう子が熱演していた人間ドラマ。いわゆる女優の体当たり演技(ヌード)と言う部分では、大事な部分はほぼ見えないので、そこに期待はしない方がいいです。ちなみにこの映画を客観的に見ると、どうも加害者の男の方にレイプ事件に発展する際に動機となった被害者の彼女に対する、恋心や恋愛感情が無くはないよう(完全にある)で、単純にレイプ罪とは別のところにも問題が隠れているような気がしてしまう。彼女が失踪した後もほっとかずにあえて探す作業についても、単純に償いの意識から来るものかというよりも、彼女に対する恋愛感情が後押ししているような気がしないでもない。(一緒にいたい) ちなみにそういった感情が含まれるのなら、傍からみたら、もう彼については、勝手にしてというしかない。また彼女もそういうの彼の行為を受け入れてしまうなら(彼と肉体関係を再び持ってしまう)のなら、もう勝手にしてというしかない。不幸を背負う作業というのもわかるが、同じところをぐるぐる回っていて、気の毒でしかない。罪の共有者ならではの苦悩という部分はわかるが、お互いが前向きな解決と言う部分ではない方向に自ら共に落ちていこうとするなら、もう誰も何もいえることはない。本人が自由意志のもとにそう選択してるなら、もう周りの人間は彼らに対して、こうするべきと言うことはできない。ほっておくしかない。)


私が死んであんたが幸せに

なるんだったら

私は絶対に死にたくない

あんたが死んで楽になるんだったら

あたしは絶対にあんたを死なせない

こんなことで楽になろうとしないでよ





私たちは幸せになろうとして

一緒にいるんじゃないって


-?


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2017.04.25 Tuesday -

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